| カテゴリー | 勤務 |
|---|---|
| 名前 | 坂主 彩音 |
| 所属 | 杏林大学医学部付属病院 |
大学病院の総合周産期母子医療センター産科病棟(MFICU含)で勤務しています。妊娠初期の段階から卒乳するまで、継続的にすべての期間に関わることができるので、今の職場を選択しました。今私は、助産師になって4年目ですが、産科外来へ妊婦健康診査にいらしている妊婦さんや、切迫早産などで入院中の妊婦さんへの保健指導、分娩介助、入院中の母子ケア、母乳育児支援、産後2週間・1か月健診と、一通りの助産業務を経験することができました。コロナ禍で中断していた母乳相談室が再開され、1か月健診以降も母乳育児を継続できるような支援をしています。当院は院内助産システムがあり、ロールプレイなどを経て、これから助産外来を担当していく予定です。これまでに、約50例のお産を介助させていただきました。その中で、妊娠期から産褥期まで継続してかかわることができたのは、10名ほどです。分娩介助の数では、他施設に比べると少ないかもしれませんが、一人ひとりにじっくりかかわることで、学べることはとても多いと感じています。最近では、チームの一員として、勤務帯のリーダーの役割を担うことも増えてきました。

親戚や母の友人など、周りに看護師をしている方が多く、看護師という職業にはとても馴染みがあり、その影響で幼少期から看護師になりたいと思っていました。大学での母性看護学実習では、お産に立ち会うことができ、助産師の産婦さんや家族への対応などをみて、すごく憧れました。実習をしている中で、分娩という家族にとって大きなできごとに携わり、女性の一生に寄り添っていけるのは助産師だという思いが強くなり、その時から助産師になることが目標になりました。
実習でお世話になった病院へ就職したわけですが、学生と指導者という立場から、仲間として一緒に働くことができるようになり、とてもうれしく思いました。
難しかったと感じた経験として、精神疾患のある産婦さんの分娩介助が印象に残っています。陣痛が強くなってくるにつれて、いなくなってしまいたいという言葉を口にしはじめたときは、どのように接したらいいのかとても戸惑いました。私自身も不安な気持ちになったことを覚えています。自分一人ではとても難しかったのですが、先輩が一緒に関わってくれていました。分娩は順調に進行していたので、そのことを伝えつつ、先輩と一緒に丁寧に対応していきました。産婦さんは無我夢中になっていても、お産の時のことはとても鮮明に覚えているので、かける言葉はとても慎重に選びました。
この時は、産婦さんにとって負担が少なくなるよう、先輩のアドバイスでフリースタイル分娩に挑戦しました。自分はフリースタイルでの分娩介助の経験は少なかったのですが、いつそんな機会がきてもいいように練習は積んでいましたし、先輩のフォローもあり無事にお産を終えることができました。緊張感は大きいものがありましたが、結果的に産婦さんにとって、いい選択だったと思っています。ただ、メンタルヘルスに関することや分娩体位に関する勉強がもっと必要だと痛感しました。

うれしかったこととして、第1子のお産でかかわった方が、第2子を妊娠した時に尋ねてきてくださり、あらためてお礼の手紙をいただいたことがありました。「自分のことを大事にして寄り添ってもらえた、励みになる言葉をかけてもらった」と書かれていました。今よりもっと経験が少ない時期に出会った方なので、自分では何もできなかったと感じていましたが、その方からの感謝の言葉でとても救われた思いになりました。責任のある仕事ですし、多忙な毎日で「しんどいなー」と思うこともたくさんあります。なかなか自分に自信が持てないところもあるので、本当にうれしかったです。年月が経っても思い出してもらえる存在というのは、この職業だからこそなのかな、と感じています。

経験が少なく、いろいろな場面でプレッシャーを感じることも多いですが、一つ一つの出来事や経験を大切にして、ニーズにあった質の高いケアを提供できる助産師になっていきたいです。せっかく継続してケアを行うことができて、アドバンス助産師も多くいる環境なので、自分もアドバンス助産師を目標に日々経験を積み重ねていくことで、近づいていけるのではないかと思っています。アドバンス助産師の先輩たちは、妊産婦一人ひとりの個性をしっかりととらえていて、瞬時の判断力もすごいと思うところがたくさんあって、自分にはまだまだ知識や技術が足りないなと感じます。
助産師は仕事の幅が広いので、もっと先の将来についてはまだ模索中です。明確なものはないですが、ふわっと妄想はしています。
学生のころは、とにかくがむしゃらに進んで根性で乗りきっていた、という感じでした。そのような苦しい中でも、自分の根底に「女性の味方でありたい。産婦さんの力になりたい、気持ちに寄り添っていきたい」という強い気持ちがありました。助産師を志した時の目標といいますか思いを忘れずにいれば、高いと思っていた壁も乗り越えて行けるのかなと思います。
それから、自分が大切にしているのは、わからないことはわからないと口に出して伝えることです。学生の時はもちろん、働きだした後も知らない、わからないことだらけです。自分ができない、知らないって周囲に思われることは嫌だなと感じたり、わからないことを聞くのは勇気がいることですが、必ず周囲の人が助けてくれます。
私もこれから、助産外来やバースセンターでのケアなど、新しいことにチャレンジしていきます。自信がないところも多いですが、学び続けて、目標とする助産師像に近づいていきたいです。
